書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

電話やメールはハードルが高いんじゃあないかなぁ

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学校が(もっというと会社も)、集団が苦手な私にとって、

休みの終わりは、また(ルーティンが)始まると思うとうんざりとした気持ちになったものです。

 

幸い学校生活は退屈でこそあれ、おおむね平穏で問題はなかったけれど、

積極的に毎日通いたいところではなかった。

 

家でテレビをたっぷり観たり(子供の頃はテレビっ子だったので)、

本やマンガを読んだり、算数の難問を解いたり(単純計算でない頭を使う問題が大好物だったので)、

空想の世界にどっぷり浸ったり、

自分の時間を自分の裁量で自分の意のままに使いたかったけれどそうはいかず。。。

 

夏休みが終わる、ということで(もう終わっているところもあるかな)、

登校したくない子供たちに向けて、ここにSOSを伝えていいんだよ、というお知らせをネットなり新聞なりで観て、

「こういう場所がある、ってことはとても大事よね」と思いつつ、

2つのことにひっかかってしまって。。。

 

・これ、当の子供たちはどうやって知るんだろう?

・電話やメールが連絡手段の中心って、ハードル高くない?

 

最初の

・これ、当の子供たちはどうやって知るんだろう?

は、子供が目にする媒体を知らないから、憶測でモノを言っています。

なので、そういう媒体でもばっちり告知しているといいなあ。

私ですら目にする新聞やネットでの案内は、あくまで親をはじめ保護者を介して、って意味合いならいいなぁ。

 

・電話やメールが連絡手段の中心って、ハードル高くない?

これは、うううううう〜ん、ですよ。

私のような、親(もはや祖父母か?)世代の私ですら、電話はハードル高いし、メールも構えちゃうところあるのに。。。

私自身は使わないけれど、若年層のコミュニケーションツールはLINE率が高いんじゃないの?

チャット感覚で気負いなくやりとりができるツールじゃないと、なかなか連絡しよう、なんて気にならないんじゃない?

連絡するのは、よっぽど追いつめられて、ってことにならないかなぁ。

 

 

せっかくプログラムはあるのに、その方法が適していないのであればもったいないなぁ、と思ってしまったのです。