書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

意味のないこと

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いつものように図書館にいったら、入り口のところで小学校低学年(と思われる)男の子が柱をじ〜っと見つめていた。

何かが貼ってあって、真剣に見ているらしい。

 

別の入り口から入ろうとしたら、私の存在に気づいたであろう彼が立ち上がって、背後にいた母親(だと思う)と幼稚園児の弟(だと思う)と連れ立って帰っていった。

私の気配で現実に引き戻して、帰る、という行動に出たのであれば、悪いことをしてしまった。

 

彼が熱心に見ていたのはなんだろう。

柱に目をやると、それは広島の原爆で負傷(と言うのだろうか)した、彼と同じ歳くらいの子供の写真だった。

他にも、長崎の原爆で丸焦げになった子供の遺体、建物の様子、疎開先でも子供たちの写真などが展示してあった。

 

 

私は、本州の西橋の県の生まれ育ちで、小学校の修学旅行は広島、中学では長崎だった。

母は終戦後の1945年、亡父は38年生まれで、広島も長崎も物理的に遠くなく、彼らより親世代にはひと足違いで原爆を免れた人がちらほら、同世代には原爆二世という人もいたようだ。

 

乱暴な言い方にはなるが、子供の頃訪ねた原爆資料館はトラウマである。

何を見たかは覚えていないけれど、とんでもないものを見てしまった、その記憶である。

 

数年前、スリランカ系イギリス人と広島に旅行し、約35年ぶりに原爆資料館を見学した。

館内でも、後にしてからも、しばらくふたりとも黙ったまま。

沈黙を破ったのは友人の方。「日本人はアメリカ(合衆国)が憎くないのか?」

その質問に答えられなかったし、今も答えは出ていない。

 

 

話を戻して。

その図書館の戦争の写真の展示とともに、区在住の体験者の手記や現地訪問レポートに並んで、子供の標語集の冊子が置いてあった。

 

余計なことを。。。

私はかねがね、自発的に、彼らが自分の記録としてするならともかく、

子供に表語を作らせたり感想文を書かせたりすることには意味がないと思っている。

 

しかし、子供だからといって下に見たり、純粋さを前提とした、あらかじめ用意された答に沿った作文を提出させるのに何の意味があるのだろう。

そこに自由はない。何が求められているかを汲み取って、それに沿うようなものを提出しようとする。

だから悩み苦しむのだ。

 

子供は馬鹿ではない、無垢でもない。

目に飛び込んできたもの、耳にしたもの、自分で考えるだろう。

 

先の柱の写真を見て、こんな悲惨なものは見たくない知りたくない、それを提示されたことへの憤りがあってもいいと思うし、

人間の中には攻撃性は備わっているのだから、戦争を体験してみたい、という意見があっても不思議ではないのだけれど、そういうものは排斥されてしまう。

 

 

男の子が無言でじ〜っと写真に見入っていた。

それだけでいいんだと思う。

修学旅行などで原爆資料館の訪問はきっかけを作ることとして意義があるし、文化や社会背景が違うのでその説明は必要だけれど、定型の感想に誘導する必要はない。

 

こう考えなさい、こう思いなさい、ましてやそれに沿った内容を提出させる、なんてことは要らないのだよ。