書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

ライティングに必要なのは対象を突き放すことである

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いまだに誤解がまかり通っているのは困ったもんだ!

ライティングも私の仕事の一環で、となると、書くの好きでしょ?と思われているのが、とても面倒くさい。

 

嫌いではないけれど、仕事として書くときは技術を売っているわけで、そこには当然制約もあり、好きで書く、好きなことを書くというのとは訳が違う。

ほかの仕事でも、看護士でも、学校の先生でも、パン屋でも、根底にはその仕事が好き、があるにせよ、好きだから、好きだけで仕事として継続できるわけではないのと一緒で。

 

私自身は、仕事として書くときは及第点が70点だとすれば

常に80点はクリアできるようにしています。85点のときもあれば92点のときもある。

コンスタントに、ってのがポイントで、あるときは98点であるときは46点なんてのは仕事として通用しないのだ。

 

常に80点ということは満点まで20点の開きがあり、

そこを限りなく満点に近い人は真のライターでライター1本でやっていける人だと思う。

私は、お金をもらえる文章は書けるけれど、トップ集団には入れない。

ご本人の能力もあるし努力もあるけれど、やっぱり天賦の才に恵まれた人には敵わない!とつくづく思う。

その人たちはもともとの才能に加えて、さらに磨きをかけているので。

ricorice.hatenablog.com 

 

ライターに必要な能力はなにか、と聞かれると、私が考えるのは以下の3つ。

・締め切りを守ること
・求められていることに沿った、少なくとも軸がぶれていない内容の文章が書けること
・対象を突き放せること


前者2つはビジネスとして当然のことでわかりやすいけれど、最後の

・対象を突き放せること

はわかりづらいかな〜。

ここで先に補足をしておくと、ライターというのは作家ではありません。

いくら記名原稿を書いても、○○さんの記事、ではなく、

あくまでこの人がこういうスタンスで書いてますよ〜、を示すためのもの。

 

ライターの仕事は作品じゃない、ってことです。
自己表現の場でもないし、ましてや所感を述べる場でもない。

自己(の文章)を媒介として、文字を通して伝えること。

 

 

そこで必要なのは客観的な視点。

画を描くように文章を綴るってことです。

 

噛み砕いていうと、私は食が専門なのですが、ライターとしての立場の場合、
・おいしい
・いい感じ
なんてことは主観であって、読者にとって必要のないこと。そういうことを読者に判断させるための情報を提供する、のが仕事。
・コクのある動物性生クリームを使う
・昆布でしっかり出汁をとり、醤油は風味程度
といった風に。

 

なので、むずかしい単語を使ったり美辞麗句で飾り立てたりする必要はない。

ありのままを素直に有り体に描写すればいい。

 

知り合いだからといってお友達感覚とかなあなあ、とかを仕事に持ち込むのはもってのほか。

それは対象にべったりして、まったく客観視できていない証拠。

 

 

ところがですね、トップ集団の中にはいるんだよ!

きっちり対象を客観視、一度咀嚼して、そこに自分の感想を加えつつ、かつ読ませる文章を書く人が!

この領域に達すると、プロ中のプロ。

読んでいて、その完成度の高さ、レポートとしてもエンターテイメントとしてもその人のエッセイとしてもばっちり通じるので、うわぁ、すごいなぁ、と唸ってしまうわけです。

 

 

ですが、それはごくごく一部。

一般的には、多いんだよなぁ、勘違いライター。

それをチェックできる編集者やダイレクターもいない、んだろうし。

でもってそういう人間に限って、俺様ライター、私ってマスコミの人なのよ、ふふふん、の鎧をかぶり、自分はできる! 業界人ヅラ(いまだにいるんだよ!)しているのには呆れるを通り越して、苦笑するしかないけれど。