店員の話しかけよりもこっちを改善してほしい
買い物時に店員に話しかけられるのが苦手、って声、よくききます。
もっともだと思うけれど、
私はテキトーにかわすので、苦手というよりも、めんどうだなぁ〜と思うくらいです。
それよりも圧倒的に嫌なこと。
レジで会計時、カードやおつりをもらって財布にしまっている間、
目の前で商品をもってじ〜っと待たれているときの、し〜んとした時間がどうにも苦手。
大きな理由はセキュリティ面。
こっちが財布を出し入れしている真正面に人がじ〜っといるってどーなの?
それと、これがていねいな接客と思い込んでいること。
たかだかの買い物でも、これがサーヴィスなのよ、いわんばかりに商品を両手で持ってじ〜っと待たれるのが苦手。
いわゆるハイエンドブランドだったら、それもあるかな〜、だけど、
そもそもそういう高級ショッピングの場合は、
会計にいたるまでに店員さんとあれやこれや話しているので、
その流れで会計のときも言葉を交わしながらだから、こっちの財布作業をじ〜っと待たれているって感じじゃないもんなぁ。
なので、この店員さんは大丈夫そうだな、と思ったら、
「あっ、いいですよ、(商品を)おいておいてください」とか
ひと言ふたこ言、テキトーな話をしたりとかするんだけれど、
みんながみんなそうじゃない。
むしろ後者が多い。
品物もカードやおつりもおいておいてくれるといいなぁ。
そのときに「おいておきますね」と言って、ニコッとすればそれで充分じゃない。
たいした買い物でもないのに、
いかにも折り目正しいサーヴィスしてます、を振りかざされるの、かえってマイナスだと思うんだけどなぁ。
とにかく、なにより財布を広げているから、別の作業をするとか見ないふりをしてほしい。
おまけで、クレジットカード払いでピンコードを押しているときも手元を見ないでほしいし、それにカードは自分で抜き取らせてほしい。
どうでもいいサーヴィスごっこよりも、心理的セキュリティを優先してほしい、と切に願うのです。
何がきっかけになるか、わかんないもんです
先日、若い方に「なんで大学行ったんですか?」と訊かれて、
モラトリアムだったから、と答えたのですが、
それは確かにそうなんだけれど、それよりずっと前、
小学一年生のときに明確に大学に行こう!って決心したんですね。
それはテレビドラマの影響。
小学校に上がったとき、
日曜日の夜8時から日テレ系列で「俺たちの旅」というドラマをやっていまして、
このドラマにすっかり薫陶してしまったわけです。
「俺たちの旅」は中村雅俊、田中健、秋野太作らが出演していた青春群像ドラマ。
大マジメにバカやってる大学生の姿を描いたもので、これがとてもとてもとても楽しそうに見えたのです。
(ドラマの冒頭、主題歌が流れるときに、
マッチを井桁に重ねていく/3人肩車/玄関に靴を脱ぎっぱなし
なんてシーンが流れ、ことごとくマネして怒られていました)。
チェックしたら、当時の就職氷河期の状況を織り込んでいたんですね。
就職した会社を辞めて会社を立ち上げる、ってのは記憶になく、
またそういう社会背景は6歳児にはよくわからなかったなぁ。。。
そして、ほかのテレビ番組「プロポーズ大作戦」やら「ラブアタック!」やらにより、
「大学に行く!」の脇はかためられた、という。。。
きっかけなんてわからないもんです。
うちは日曜夜8時は日テレのドラマを観る家で、
最初の記憶は石立鉄男主演の「水もれ甲介」。
「西遊記」「俺たちは天使だ!」「西遊記Ⅱ」までは、毎週欠かさず観ていたなぁ。
振り返ると、印象が強いドラマは、やはり名作とされているものなんだと思います。
「西遊記」「俺たちは天使だ!」「西遊記Ⅱ」あたりは小学校中〜高学年だったので、
それなりに記憶に残っているけれど、
「俺たちの旅」を部分部分ではあるけれど、鮮やかに覚えている、っていうのは、子供ながらに、
もしかしたら子供だからこそ響くところがあったのでしょうね。
そして、カースケ(中村雅俊の役ね)のように自由に生きたい!ってのがすり込まれたのかもねぇ。
これが、(会社で)働きたくない、制服なんて着たくない、毎日決まりきったことの繰り返しはまっぴらごめん!ってことにつながっていったのかもしれない(大学に行く、ってのはそれを先延ばしにしたかった&猶予期間が欲しかったってことで)。
なにがきっかけになるかわからないもんですねぇ。
うちが日曜夜8時に日テレのドラマを見る家じゃなかったら、
もしかしたらまったく違う人生だったかもしれない可能性は否定できないのです。
生理的にどうしても苦手なこと
人の立ち居振る舞いはさほど気にならないのですが、
ひとつだけ、小さい頃からどうにも生理的に苦手なことがあります。
鼻をすする
今の季節、そして花粉シーズンに多いんだな。
ラジオといった音のみのメディアで鼻をすすられると、本人は何とも思わないのか、誰も注意しないのか?って感じるし、
飛行機のなかやカフェなどで近くの人にこれをされた日には、やめて〜〜〜〜〜っ!!!と叫びそうになり、ああああああ〜〜〜〜っ!!!と発狂しそうになります。
じゃあ、自分はどうしてるかって?
かんでます。
美術館とかレストランとか公共性が高く静かな場所では音を立てないようにしてやってるけど、気のおけない人といる場合は音を立ててかんでます。
こんだけ鼻をすする音をきくことが多いってことは、
それだけ鼻をすすっている人が多いってことで、
ということは大多数の人は気に留めないんだろうけど。
いいことも嫌なことも、人って、なにがピンポイントで引っかかるかわからない、ってことを私を例に。
なので、こっちはまったく無意識で何も考えていない行為が、周囲の人を不愉快にさせているってことは多々あるんだろうなぁ。
今や自分の発言が世界に発信されるって思わなんだろーか?
記憶に新しい、
熊本市議が生後7カ月の赤ちゃんを連れいて議場に入場した件(↓)、
自民党総務会長による、宮中晩餐会の同性パートナー出席反対発言(↓)、
私自身は、いろんな考え方の人がいるので、その理由(感情論や既成概念に基づくものではなく)を明確にすれば、それはそれでひとつの意見だとは思っていますが、
どうやら上記(だけじゃないけど)には、深い考えなくただただ感じたままの言動って印象が拭えない。
現在、世界では、
赤ちゃん連れ議員が称賛を持って迎えられ、授乳もあり、
といった風潮なので、
なぜNOなのか、明確な理由が示されていないものは、
瞬く間にニュースとなり、世界に流れる。
私が不思議なのは、
こういったことは恰好の材料となり、世界に広がる、って思わなかったのだろうか、ってこと。
同じことを言うにしろ、なぜ言い回しややり方を変えようとしなかったのだろうか、ってこと。
よもや世界に、って思ってるのかなぁ。
また、世界の流れを知らないのかなぁ。
どうしてこういう逆行するようなこと、平気で言える/できるんだろう?(あえて、強い反対意見があり、しっかりとした論理立てができるのであれば、わかる。でもそうじゃない)。
そしてそれをすることで自分がより不利になることは、火を見るより明らかなのに。
自民党総務会長はその後、「言わなきゃよかった」と発言していて、
ということは、発言自体は何かおかしいこと言ったっけ?ぐらいの認識なんだろーか?
こういうニュースを逆輸入で見るたびに暗澹たる気持ちにさせられます。
コインランドリーからもう一歩踏み込んだ内容もあるとうれしい
ファミリーマートがコインランドリー事業に参入するというニュース。
詳細がわからないのですが、単にコインランドリーなのかな?
これ、もちろんありがたい!(大物の洗濯と梅雨時の乾燥、それと数日にわたる出張時は特にね!)
洗濯機の調子が悪いとき、近所にコインランドリーがなくって、まいったなぁ、って経験があるので。
これ、もう一歩進めた内容があるとさらにありがたい。
それは、洗濯代行。
ホテルで洗濯物をお願いできるでしょ、あれと同じで、
朝、出勤途中で洗濯物を出して、夕方受け取れると、ものすごおおく便利!
もちろん、その日のうちに受け取る場合は高い料金設定で、
いつでも(1週間以内に受け取り、とか制限は必要でしょうが)の場合は少し下げて、
みたいなことやってくれるとうれしいなぁ。
もちろん、洗濯代行ってすでにやってるところあると思うんだけど、
コンビニでやってくれるとなると、ますます便利。
ただ、コンビニにこれ以上便利さを求めていいのかしら、って気もする。
隣接して、コインランドリー業者が入るってのが、いいのかもしれないね。
エロは白昼堂々広げるものなのか
日本ってエロがいとも簡単にあふれているよなぁ。
コンビニではエロ本売ってるし、雑誌やスポーツ新聞にはエロ記事あふれているし(しかも電車や飛行機のなかで堂々と広げて読んでる)、ビジネスホテルのテレビはAVが観られるようになっているし。
いや、エロは否定しないし、むしろ自然なことだし、個人的にはふう〜ん、ぐらいのものだけど、当たり前のようにおおっぴらにするってことに違和感。
コンビニのエロ本は違うかも、だけど、結局こーゆーのって「おっさんファースト」から派生しているんだよね。
おっさん需要があるから、おっさんの意向を受け入れる、と。
私は「ミニストップの成人雑誌取扱い中止」は全面賛成です。
エロを公共性の高い場所で、誰でも目につくようになってる、てのは違う、と思うから。そういうところじゃなくっても、他にいくらでも入手できるじゃん!
(ただ、行政が絡むのは別の話で、なにを扱いなにを扱わないかは企業判断だけど、行政がってのは違う!)
こういうことあると、だから少子化につながる、って極論を言い始める人が出てくるんだよなぁ。
子供を産むこととセックスは区別して考えることだし、
そういう人はついには、「昔のおっさんたちはアジアに売春ツアーに出かけるほど元気だったんだぞ! だから少子化もなかったんだぞ!」って言い出すんじゃあ(すでに言っているか?)。
今の若い方は知らないか、と思いますが、“アジアへ売春ツアー”、こっそりじゃなくって、当たり前のように行われていたんですよ(私は子供心に、わざわざ海外に行くなんて、それを正々堂々とやるなんて、国際的な恥だと思っていた)。
それが証拠に、20ン年前、アジア某国の旅行ガイドの担当が決まったとき、出版社の方にこっそり「欧米ワオ!、アジアはう〜ん。。。ですか?」って訊かれたのは、アジアは売春ツアーの渡航先ってイメージがとても強かったからです。
エロは否定しない。
でも、公共性の高い場所でいとも簡単に入手できる、ってのは、どーかな、って思うのです。
そうだ、右側に気をつけよう
私は左利きです。
といっても100%ではなく、右利きと混在していて、
大きなこと、たとえば、字を書く、箸を持つ、包丁を握る、ラケットを握る、は右ですが、
細かいこと、レジでお金を渡す、スマホを操作する、トランプを切る、お札を数える、雑巾を絞る、自動改札を抜ける、楽器を弾く、は左です。
なので、一見左利きって分かりづらいんですけどね。
もともとは完璧に左利きだったらしいのですが、
幼稚園に通うようになって、自分で矯正したらしい(親でも幼稚園の先生からでもなく。彼らは単に、この子は左利きなのね、と思っていたらしい)。
世の中は右利き用につくられていて、たとえば自動改札。
私は左手を使うので、体をねじって通らないといけない。
なんでいちいち、と思ったら、単に自分が左利きだから、ってことでした。。。
先日、銀行のATMを利用した際。
その日傘を持っていて、たかだか数分にも関わらず、2度も傘を倒してしまう始末。
あ〜、傘をぶらさげられるホルダー(っていうのかな?)があるといいのに、
って思ったら、ATMを後にするときに気づいたのですが、
ちゃんとありました。。。右側に。
以前、ロンドンでアフタヌーンティーをしたとき、
モダンデザインのティーポットが見事に右利き仕様になって、使いづらいことこの上なかった!
世の中で不便だな、って私が感じていることは、
その何%かは利き手の左手ではなく、右利き様になっているからかもしれません。
自動改札やティーポットのように目に見える形だけでなく、
銀行ATMの傘かけのように便利さを提供してくれているのに、
それが右利き仕様のために気づかないでいるってことも多々ありそうです。
大きなことをいうと、こういうことひとつとっても、
世の中は大多数の論理の上に成立していることを実感するのです。