書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

青春の終わり

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40歳を過ぎた頃からか、自分の年齢がとっさに出てこなくなった。

私は1969年の早生まれなので、現在、2021年夏の時点では52歳である。

 

ここのところ、ぼんやりと青春の終わりはいつなんだろうと考えていた。

もちろん人によって違うし、青春、みたいなものが私にあったのか疑問だし、そもそも青春とはなんだろうということにもなる。

 

なぜ、そう思うか、というと、年齢は重ねているのに、実態が伴っていないように感じられるから。

環境と自分という容れ物、この2つにほとんど変化がないので、加齢を感じにくいのだ。

 

子供やペット、パートナーと暮らしていれば、彼らの変化を通じて、経年を感じるのだろうが、それがない。

フリーランサーで、かれこれ20年組織に属していないので、昇進、役職みたいなものとも無縁。

これが環境という外的要因。

 

自分という容れ物については、しみ、しわこそしっかりあるももの、

白髪は増え細くはなったものの、概して髪の毛は黒く、量も多い。

そろそろ、なんだろうけど、閉経もまだだし。

体型がほとんど変わっていないので、20代の頃の服をいまだに着ることもある。

食欲は落ちてなくって大食感のままだし、お酒はそもそもほとんど飲まないから弱くなったも何もない。

睡眠にいたっては、ロングスリーパーのままで毎日10時間ぐらい眠れるといいなぁ、と思っている。

夜中や早朝に起きることもないし。

 

こんな感じで、自分に変化が乏しいからだろう、加齢を感じにくい。

いつまでも、自分の好き勝手、ふらふらとした生活を送っている。

逆に言えば、人は自分を取り巻くもので経年を実感し、そのひとつが青春の終わりになるのかな。

 

就職する、とか、子供を授かる、とか、家庭を持つ、とか、スタッフを雇う、とか、家を買う、とか、

自分以外に背負うものができたときに、青春の終わり、みたいなことを強く感じ、次のステージに行くのかもしれない。

 

 

去年2月に数年ぶりに東京に戻り、渋谷や下北沢を歩くと、やけにしみじみしてしまう。

かつてはこうだった、昔はよかった、というつもりはない。その変化に驚き、置いてけぼりを喰らったような気分になるのだ。

 

その雑誌を買ったのは、渋谷のHMVだった、と思う。

音楽好きだけど、洋楽オルタナティブにどっぷりだったこともあり、邦楽誌は数えるほどしか買ったことがなかった。

でも、彼や彼らの音楽は、まったくの同世代で、サンプリング的なそのルーツは私自身影響を受けまくったもので、やられた!と思った。
なので、その邦楽誌は、表紙だったこともあるけれど、判型や誌面デザインが大きく変わって文芸誌(一部では表紙の写真から編み物雑誌か?とも言われた)っぽくなったので、へぇ〜、と思って購入したのだ。

 

1990年代の倫理観や社会背景が今よりもずいぶん緩かったとはいえ、想像を絶する内容に驚愕すると同時に、出版の世界に足を踏み入れた頃の私は、

これを掲載する出版社の判断(出版社判断でお蔵入りにするのでなく、特に長いインタビューの場合はいい/悪いも、こういう人間が作品を作っている、と掲載する。加えて、1980年代後半から1990年代はいじめが大きな社会問題として取り上げられていたし、それもあって、掲載したのでは、と推察する)、掲載OKとした、本人でないにしろ事務所の判断にも驚き、

引っ越すたびに雑誌はかなり処分し、前回もそうだったのだけれど、見ると大きな問題を突きつけられた記憶が呼び戻され、結局まだ手元にある。

 

最近のは聞いていないからわからない。

1990年代のものは、前身のバンド時代から好きで、でもそこには、私自身が持つ攻撃性が作品からそのニオイを嗅ぎ取り、いいと感じたのかもしれない。

 

問題が大きくなる数日前、メンバーとして紹介されたとき、へぇ〜、ぐらいで、サブカルの大物(この言い方もどうかと思うが)を連れてきたからといって、特にオリンピックに興味が湧いたわけではない

(もともとオリンピックには興味がなく、毎回アテネでやってくれ、日常生活、特に交通に支障を与えないでくれ、ってなもんである、マラソンにも興味がないので、同じ)。

ふむ、こういう役割を打診され、引き受ける、ってことが、大人になるってことか、青春の終わり、ってことか、って思ったのだ

こういう仕事を打診されたことに速攻で断るタイプの人に思えたので、まさか引き受けるとは、と驚いたのだ。

 

本当に青春の終わりを感じたのは、本人からの声明文が出たとき。

だんまりを決め込まず、のらりくらりにせず、こういう形でこういう内容の声明文を出すのか。。。

 

 

すっかりネット老人会に属している私が自分のマシンをもちネットを始めたのは1995年。

音楽活動以外にもレーベルのやり方とか商売の仕方とかうまいな、と思っていて、そのレーベルはウェブサイトも大手などに先駆ける形で、しっかりしたものを作っていた、はず。

1996年夏にがイギリスでもそのサイトを見たので、まさにworld side webを実感したのだ。

 

問題になっている内容については、ネットではこれまでもときどき掘り起こされていた。

何も今回が初めてではない。

でも、今までとの大きな違いは、それまで知らなかった、内容どころかその本人すら知らなかった人にも行き渡り、オールドメディアでも取り上げられている点である。

 

現在、倫理観は大きく問われるし、ネットの声は世論を動かす。

いち早くネットに関わった(であろう)人が、こうやってネットで葬られつつある。

時代を先駆けていたはずが、時代に追い越されちゃった、感じ。

時代は、社会は、明らかに変わる。

 

 

こうして、私の青春期にようやく決別できそうである。大手を振って老年期にスライドするとしよう。