書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

“自分は正しい”を言外に叫んでいる人たちの気持ち悪さ

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子どもがいない、会社勤めをしていない、テレビをおいていない、etcで、

もともとがリモートワーク基本、人との接触がとても少なく(内向型だから)、影響を受けにくいからでしょうが、

新型コロナウイルスのニュースもどこか遠くで眺めているようなところがあります。

 

とはいえ、自分は感染しているかもしれないし、元気だから無自覚かもしれないけれど、人に移すとまずいなぁ、という意識はあって、

変わったことといえば、いちいち手洗いをするようになったのと、お店に入るときなどは設置してある消毒液を利用するようになりました。

 

うちもそろそろなくなりそうだけれど、トイレットペーパーは相変わらず近所の店頭で見かけない。

むしろ、25日の夜以降、ぶり返したのか。

まあ、仕方ないよね〜、この状況だもの。なくなったらなくなったときに考えよう。

 

 

新型コロナウイルスの影響で、マスクやトイレットペーパー、食品が買いづらい状況が続いていて、

「私は、必要だから(備蓄用でなく)買いに行ったのになかった! どういうこと?」

「棚に少なかったから慌てて買っちゃったじゃない、みんな、落ち着いて!」

といった投稿をSNSにたくさんあがってきて、心底うんざり!

 

そんなに「私はパニックに陥っていない。私は正しい!」を主張する必要があるのかしらん。

「買えなかったよ〜(しゅん)」じゃないの?

 

そこにあるのは、「私はパニックにならなくって、ただ日常生活を送りたいのに、それを乱す愚民が許せない!」という、自分はひとつ高いところにいるという無意識の意識。

そして、いつもの買い物ができなかった、自分の日常生活が乱されたことに対しての憤り。

 

他のお客さんみんながみんな不安に煽られて、ってわけじゃないでしょ。

日用品にしろ食品にしろ、パニックになって、というよりも、生活必需品だから買う、って人も多いんじゃない。

 

 

そもそも、パニックになるのは悪いことなのかな。

 

程度の差こそあれ、不安になるのは当然の心理じゃないの。
決定的な解決策がないなかで、備蓄することで心が少し平穏になるのであれば、それはそれでいいじゃないの、と私は思っちゃうんだけど。

 

この状況はいつまでも続くわけじゃない。

期間こそわからないにせよ、一過性のことなので、こんなこともあるよね〜。

 

それと、自分ひとりの暮らしじゃなくって、子どもとか老人とかパートナーとかペットとか、同居している人がいれば、自分はよくてもその人たちがなるべく支障なく日常生活を送って欲しい、そのために買い込んでしまう、というのは、当たり前、とまではいかないまでも、そういう人は多いだろうなぁ、って感じるんだけど。

 

 

カリカリするのは勝手だけど、愚民にご立腹なのは勝手だけど、それを声高に叫ばないでよ。

加えて、それに同調コメントをする人たちも気持ち悪い。

 

 

お利口さんなのね。

だから、愚民の行動が許せないのね。「お前たちとは違う!」と言わずにはいられないのね。

私のような愚民は失敗ばかりの人生なので、主張したり同意したりするほどの正しいことは、自分にはないざんすよ。

 

加えて、SNSに投稿することで、買い占めを助長してもいるよね〜。

不安を煽るのはマスメディアだけで充分。

お利口さんなのに、そのことに気づいていないのだろうか。

 

 

最近の私は、昼間は高田(文夫)先生、清水みっちゃん、ナイツあたりのラジオ番組をますます聴くようになったよ!

どんな状況でも、世の中は楽しいことにあふれているんだから。