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書くこと、編むこと、伝えること

編集者、ディレクター、ライター、情報発信サポーター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

キャッチコピーって重要だな、と再認識した件

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私は文章を読んだり書いたりよりも、数字やデータ、グラフを眺めたりしてアレコレ思いをめぐらせる方がよっぽど好きでして。

なわけで、もう、思わずじっくり読んじゃったじゃない(↓)。

www.garbagenews.net

これ、雑誌の売上げ部数などを、ジャンル別にグラフなどにしてまとめたもの。

こういう情報をまとめてくださる方がいるってのは本当に頭が下がります。

おもしろいのは、普段自分がそれとなく眺めるものもあれば、まったくかすらない分野のものもあり、そこに新しい発見があること。

 

例えば、育児系。私は子供がいないし、子供とは関係のないところにいるし、なので、おそろしく疎いのですが、だからこそ、へえええ〜と新鮮!

PHPのびのび子育て」は読んでみたい。うん、読もう!

 

PHPのびのび子育て」はなんというのかなぁ、表紙をみて、かわいい!とかデザインがいい!とかではなくって、

キャッチコピーで読者をつかんでいることは一目瞭然。

いわゆる広告とは違って、ひねったものではないけれど、

わかりやすい言葉が使われ、感情移入しやすい、イメージしやすい、って大事なんだよね〜の好例じゃない!
ポチります!

寄り添うふりして上から眺める人たち

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本当にアッパーな方々ってのは自然体なので、

先日引退を表明したイギリス王室のフィリップ殿下のように

「休みが欲しい、欲しい、って言っていて、失業したらしたで、今度は文句を言うの?」

みたいな発言(失言)をしちゃったりするわけです

 

面倒くさいのは中途半端な立ち位置の人たち。

たとえば生まれつきの超美人は美人であることをことさら意識していないのだけれど、

頑張って美人は一生懸命だからマウンティングに必死。

そのくせそれをオブラートで隠して、表向きは「そんなぁ、私美人じゃないですぅ」みたいに装う。

本当の美人は否定はしないよ(肯定するか、うふふ、と流すかは人それぞれだけど。当然、こっちの方がよっぽど気持ちいい)

 

あるとき「バイトやパートさんをコマのように考えるとはけしからん! こう使うべし!」

みたいな発言をみて、とっても不愉快な気分になりました。

こう使う!って思っている時点で、寄り添っているふりして、コマと考えてるってことの表れで。

本当にバイトやパートさんは戦力!と捉えているのであれば、そんな発言しないでしょ。

 

また、あるとき元CAというキャリアの人が「私、以前はとび職でして。おほほ〜」みたいな発言をしていてい、これまた不愉快。

元CAってのがよっぽど自慢なんだろうな〜。みながちやほやしてくれるって思ってて、「いえいえ、大したキャリアじゃないんですぅ、私。(空を飛んでいる)仕事で、(下々の)あなた方と同じですから〜」って振る舞いがみえみえ。

「私、以前はCAだったんです」。それだけで済む話じゃないですかね。

(ところで、CAっていまだにそんなにちやほやされる職業なのかなぁ? 私自身はCAは看護士と並んで、体力を要し人命を預かる非常に大変な仕事だなぁ、とは思っているけど。)

 

こういう寄り添っているふりして、自分はいい人を装っている人って、そんなのとっくにすでに見透かされているって気づかないのかな?

 

数打てばうまくなる!のは間違いないので

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ふと目に留まったのは、プロの美容師になるためにご協力を、みたいな謳い文句。

廉価でカットやカラーリングモデルになってください、ってこと。

予約不要で、空きがあれば、ということで、

訊けば大丈夫ですよ〜、ただ慣れていないので終わりの時間は確約できないです、と。

この日は一刻を争う状況ではなかったし、何より暑くてさっぱりしたかったので、

いいですよ〜、と。

 

私の隣は50代後半を思われる女性、奥には20代中ばぐらいの女性、

私と入れ替わるように入店したのは常連っぽい50代前半の男性。

いろんな人が来るのね〜。いいことよね〜。

いくら人がカットしてるのを見ても机上で勉強してもうまくはならない。

人によって差はあれど、経験を積むに勝るものはないと思うのよ。

数が質を凌駕する、ともいえるし、数打つうちにうまくなる、ともいえます。

 

そのためだったらどーぞどーぞ。

一時期は、医療研究のために、定期検診でおまけの検査もしていたし。

どーぞどーぞ。

そういうサンプルならいくらでもどーぞ。

 

そのひと言が命取りになる

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SNSで発信できる、ってことは不特定多数の人に見られる、ってことです。

それに対して無自覚だなぁ〜、ってことをよく目にします。

これが命取りになりかねないのに。

 

例えば、自分の姉妹が第二子を懐妊した場合。

うれしくって投稿、これ自体は悪いことはないし、うれしいニュースというものはいいものです。

 

が、これに続くこんな発言は無自覚だなぁ、って思います。

 

ひとりっ子じゃかわいそうだからよかった!(ひとりっ子の何がかわいそうなんだ?)

一人目が女の子、今度は男の子で跡継ぎができてよかった!(今どき跡継ぎに男も女も実子もないし、跡継ぎという発想自体がどうかしてる)

 

あっちゃ〜!

そういうこと思うのは勝手で、うちうちで喋ってる分には構わないけど、

その延長で投稿するのは違うんだよね〜。

SNSってつい、ってことあるし、その手軽さでここまで生活に浸透しちゃったわけだけど、

何を投稿するか、もだけど、どう使うかってのも見られてるんだよねぇ。

ジュリアン・アサンジュやチェルシー・マニング報道が無視される不気味さ

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ジュリアン・アサンジュ/Julian Assange

チェルシー・マニング/Chelsea Manning

 

誰それ?という方はぐぐっていただくとして、

立て続けに彼らについての大きな報道があり、

こういうのを日本のメディアが取り上げないのはもはや慣れ切っているけれど

普段やいのやいの言っている人たちも彼らのニュースについて言及しない。

FBとかでおそろしいほどあがってこないので、不気味さすら感じる。

(これって、たまたま私の周囲や見聞きする範疇だけ?)

 

今後を左右しかねない、ものすごおおおく重要な出来事だと個人的には思ってるんだけど、なんなんだろう、この日本での異様な静けさは。

今週末の読みもの課題「不安な個人、立ちすくむ国家」

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全65ページにおよぶ経済産業省、次官・若手プロジェクトによるレポート(と呼んでいいのかな?)

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

 

まだざっと読みですが、危機感はビシビシ伝わる。

結局、行動が問題になるけれど、それ以前にまずは世の中に問いかける、ってことか。

(誰も責任を取りたくない中での行動が、ねぇ。。。)

 

 

上記より前、1年前に出たのがこれ(↓)。

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/018_03_00.pdf


 

日本=特別については違うと思うけれど(もっと特異な文化や価値観を持った国はたくさんあるし、四季があるのは日本だけじゃないし、ついでに言うと箸を使うのも日本だけじゃない。むしろ、そういう意識こそがいろんなことを阻んでいるような気がする。。。)、これも併せても一回読む、かなぁ。

 

神風は吹かない。希望的観測を起点にしない

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イギリスの食関連のことをやっていると、

思わぬところから問い合わせや協力の要請を受けたりします。

 

そこでいつも不思議に思うのが、

なぜ最初に現地のリアルな状況を把握しないのだろうか?

ということ。

 

例えば、こんなこと。

・イギリスで日本食は流行ってるんでしょ

 → 一般的な認知度は大きくなったけれど、流行っているかといわれると大いに疑問(ラーメンは勢いがあるけど)

・イギリスで日本食はヘルシーって思われてるんでしょ。

 → 思ってる人もいるだろうけど、それはごく少数派(もし本当にそうだったら、一大ブームになっている)。

・和食は世界遺産登録されたから注目されているでしょ。

 → 世界遺産登録されている食はほかにもあるし、だいたい世界遺産だからってひれ伏したりありがたがったりしない。世界遺産に対して関心は薄い。

・日本酒は人気なんでしょ? アウォーズもあるし。

 → 確かに消費は増えているけれど、一般レベルではほとんど知られていない。そもそもアウォーズは人気があるから設けられたわけではない(お金の絡みととか、ね)。

 

これらのことを伝えると一様に困惑した表情をされます。

「え〜っ! でも日本で伝えられているのって?」

「う〜ん、でもたいがい小さい小さいことをさも大事のように言うじゃないですか。仕事にするんですよね? 最初の認識がずれたまま進むと、結果なんて出せないですよ」

「・・・・・・・・・・。でも、日本食はブームですよね?」

と堂々巡り。なんとか自分たちの抱いているイメージを、なんとしてでもそうですよ!って言って欲しいらしい。その頭しかないから。

ricorice.hatenablog.com

 

最初の時点で認識が違うと何をやってもうまくいかないと思うし、

現に私が見てきた、イギリスの食イベント(フーデックスみたいなの)に日本から出展しているブースを遠目に眺めていると(現地法人があったりでその国でしっかり展開している日本企業は、そこがどういう土壌かを理解した上で出展しています、当たり前だけど)、こんな内輪ノリのことやってて意味あるのかなぁ、何のためにやってるの? 誰に向けてやってるの?と痛烈に感じた根本はこれなんですよね〜。

 

私の出した結論は、ここからビジネスをスタートするための出発点ではなく、ブースを出すことが到達点で、とりあえず、こういうプロジェクトをやるとお金が動くからやってる、ってこと、なんだなぁ。

なんだかなぁ。

 

 

神風なんて吹かないよ〜。

現状打破は残酷なまでに冷静な現状認識から、じゃないの?

 

と思うのですが、別段、現状打破をする気はないんですよね〜。

なぜって? 

すでに決まっていることをひっくり返したり、既成概念を破ったりしたことで生じる責任をとりたくないから。

だからいつまで経っても中途半端なつまんないものしか出て来ない。

みんなが納得することに終始したら、そうなっちゃうよね。

 

同意しか聞きたくないなら、はじめっから他者の意見なんて求めなくって突き進めばいいのに。

その方がかえっておもしろいことできるんじゃない?

 

 

あっ、これ、日本の地方(再生っていうの? 地域おこしっていうの?)も大半は同じことやってる、と思うよ〜。