書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

女としての幸せって何だ? 男のとしての幸せって何だ?

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テレビをおいていないし、新聞もとっていないし、日本のラジオはちょこちょこ聴くぐらいで、

世事に疎い。

まあ、別段困ったことはないけれど。

 

ネットニュースを見ていて、

「女としての幸せ」って言葉が飛び交っていて何だろう?と思ったら。

レスリングの吉田沙保里選手(もう選手じゃない、か)の引退報道でした。

 

はて、「女としての幸せ」って何だろう?

彼女の場合は、結婚願望を公にしていたから、それを指していたようだけれど、

なんだか、ものすごい違和感。

 

それは、「女としての幸せ」ではなく「個人としての幸せ」の価値観だよね。

「女としての幸せ」としていっしょくたに語られると、それは個人差があるよね。

結婚願望は否定しないし、幸せそうなカップル(法的に結婚している/いないに関わらず)は見ていていいね、とは思うけれど。

 

女性アスリートや女性タレントが引退するとなると、

すぐに結婚、みたいな方向に持っていく、って何なんだろうなぁ。

でもって、結婚したら結婚したで

(そもそもいまだに結婚という制度に重きをおきているのも不思議)、

お子さんは?とは得意な料理は何ですか?(なぜか男性には聞かない)とか、

本当に余計なお世話で、

インタビュアーはもっと聞くことがあるんじゃないのかなぁ。

 

もっというと、女性は〜、とか、男性は〜、とか、で語る風潮そのものが違うよなぁ、って感じちゃう。

私は、〇〇は、でいいんじゃない?

 

 

成人式が近いこともあって、

「成人式に出席しなかった、晴れ着で撮影もしていない」と言った若い女性に、

「成人式には出席するもの」「女の子は晴れ着を着るもの」「晴れ着で喜ぶもの」

を前提に、いたく驚いていて、驚きの反応に私は驚いてしまったのだけれど。

 

かくいう、私も成人式には出席していないし、晴れ着で撮影もしていない(当時はそういう風潮はなかった、と思う)。

興味がない、面倒くさい、のと、もし出席するにしてもたった1回の衣装のために大金を使うなら、別のこと(旅行とか、本屋レコードの購入とかにお金を使いたいなぁ、と思ったから。

同じ理由で、大学卒業時の謝恩会にも出席していません。

 

 

ええとですね、ステレオタイプでくくれない人もいるし、

今の時代、これほど大上段にダイバーシティを謳うなら、

何となくこういうもの、という既成概念でなく、個人の意思をまずは尊重する姿勢が当たり前じゃないのかなぁ。

日常の些細なシーンで、むしろ日本の社会は逆行さえしているような印象を受けるのです。

 

 

ところで、「女としての幸せ」があるなら、「男としての幸せ」って何ですか?