書くこと、編むこと、伝えること

編集者、ディレクター、ライター、情報発信サポーター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

廃棄の山を見たことはあるか?

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最初に謝っときます、うろ覚えですみません。

キングコングの西野が、自身の本を刊行している出版社に対して憤っているとか。

それは、本の売れ行きがよく、品薄であることを出版社側が“うれしい悲鳴”と表現したことに対して、読みたい読者がいるのに謝らずに喜ぶってどうゆうことよ? 増刷してよ、ってな内容だったと思います。

 

うれしい悲鳴、ってのは、本音だと思いますが、それをストレートに表現したのは、探し求めている読者に対して、確かに配慮が足りなかったはまぎれもない事実。

 

でもね、だからといって、即、増刷(追加で本を印刷&製本すること)するってのは、また別問題。

 

タイプによりますが、本を刷るのって1冊2冊じゃなくって、たいがい1000冊単位。

10人の強い要請があったからといって、じゃあ、と増刷して、結果、100冊しか売れなかったらどうする?

時間が経てば売れるかもしれないけれど、腐らないとはいえ、本にも賞味期限があります。情報だって日々進化しているのです。

そして、売れない本を抱えることは保存するためのスペースやそれに付随するお金もかかるわけで。。。

 

そうして書店から売れない本が戻され、それは返本と呼ばれます。

これ、率直に言うと遺体に向き合う気分です。そこに注がれた情熱を思うと、思わず合掌してしまいます。きっと怨念もあるに違いない! 南無阿弥陀仏

 

 

スーパーマーケットやデパートの食品売り場。

私のリアルな記憶はひと昔前なので、今はどうか???ですが、基本、売り場をスカスカにしない、欲しいものがそこにあるよう、常に商品を陳列させておく必要があります。

天気とかね、周辺地域のイベントとかね、もちろん過去の記録とかね、そういうのきちんとチェックしてロスが出ないように発注するものの、でも予測どおりには、いかないもの。

そうして、賞味期限が迫った商品は値引きをするし、消費期限にいたっては過ぎちゃうと、もう売れないわけで、どうするかっていうと、これ捨てちゃうの! 

いつか罰が当たる、胸がつぶれる思いです。

 

生菓子を扱うお菓子屋さんやパン屋さんも同様ですね。

平日だとお客さんが多いのはたいがい夕方。なのでそこに合わせてたくさん商品を作って陳列するわけで、その量が少ないとスカスカになり、お客さんはなんだこの店、商品ないじゃない!になっちゃうし、たくさんあれば、店側にすると売り切れない商品は捨てる、ってことになる。

 

こういうの知って、まだ食べられるのに賞味期限が厳し過ぎる、売ってよ、って人がいて、でも、そういう人に限って、賞味期限切れや消費期限ギリギリの商品を売っていると、何やってんの!とお怒りになる。おいおい!

いつだったかな、口角泡飛ばして、もったいないよ! 賞味期限切れてても大丈夫だよ!って人がいたので、でも、あなたは自分がその購買者の立場に立ったら買わずに、むしろぶーぶー文句言うでしょ、って切り返したら黙っちゃった。

自分には関係のないところでは正論を振りかざし、自分に降り掛かるときはよりは安全地帯にいたい、っていう、ね。。。

 

 

こういうの机上の空論じゃなくって、リアルを体験すると、意識が大きく変わる気がするな。

返本の山を見よ! 食品廃棄の山、そしてそれを処理する現場を見よ! そして、自分の手で捨ててみるとよい!

 

欲しいものをなんでもなんでも気軽に手軽にすぐに手に入れられる、って環境を思い切って方向転換して、ちょっと足りないな、ぐらいで、ちょうどいいかもしれないし、その飢餓感でありがたみもわかるんじゃないかな、って気がします。

なんていうと、経済が停滞するって声もあるけれど、う〜ん、すでにモノを売る時代じゃなくなった、って強烈に感じるので、意識の上でも抜本的な方向転換を図るときにきたんじゃないかな。