書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

本日、校了! なんだけど

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まるっと1冊請け負った書籍の仕事が本日、校了(これでOKです。あとは印刷屋さん、お願いします!)となりました。

つまり、こちらの仕事としては、終わり!ってことです。

 

裁量を任される書籍の仕事は長期戦で、終わったときは、妙に高揚感があるか、達成感があるか、安心感があるか、徒労感が押し寄せるか、逆に淡々と穏やかに終わったな、ってこともあるのだけれど、

今回に限っては、何かしらの感情が沸き起こらない。本当に何も、ない。

 

気持ちが入っていないとか、スムーズに進んだとか、そういうことはまったくなくって、

大変度でいえば相当大変でした。。。

制作の現場における内的要因は、想定内だし、そんなもんだと思っているし、もちろんそれもあったのだけれど、

むしろ外的要因(+内と外の中間ぐらい含む)が大きくって、でもやるしかないので、やる。そこに選択の余地はない。

やったるで!にならず、とにかく目の前の山積みを少しずつこなしていった、って感じでしょうか。

 

体調不良もあり、そしてその体調不良によるスローペースで溜まってしまったこともあり、後半のラストスパートでは、まともに寝てないし、食べてない。

昼間はやりとりなどがあるので、2〜3時間起きていて、どうにも集中力が切れてどうにも眠くなったら30分寝る、その繰り返し、夜は少し長めに2〜3時間寝る(ときどき3時間以上寝て、がーん!となったことも)。

食べるのも、せっかくの集中力を遮断したくないので、キリのいいところまで、と思ったら、連絡が入ったりして、そっちにかかっているうちに食べる機会を逸することしばしば。

作る時間も惜しいし、食べる時間も惜しい。食べること必須!な私なのに。。。

(私は、普段、間食をほとんどしません。食事は食事でちゃんと摂る、という生活なので、それが逆に食べない/食べられないに拍車がかかった)。

別件の仕事(取材や下見)や会食で食べることはあったので、そこで栄養補給していたようなもん。

 

まあ、そんな生活が1カ月続いたわけだ。

途中、出張先で体力低下のピークを迎え、最低限の要件以外はひたすら体を休めていて、あとは病院に行った日は1日がかりでどっと疲れて、帰ったらすぐ寝た。途中、少し余裕があったときに1日か2日は夜まともに寝た、かな。

 

ええと、大変自慢がしたいわけではなくって、これがいいともまったく思っていなくって(自分で自分をブラック化しているわけで、どう考えてもおかしいでしょう)、コントロールができない、そしてそういうときに限って仕事が重なると、こうなる、っていうことです。

 

修行か!ってぐらい、とにかくバタバタせず、明日までにこれやってあれやって、目の前のことをただただこなす日々。

そのためには時間が足りないから、睡眠を工夫し(ロングスリーパーなので、大きく削ってもいた)、食事もやりくりした、という。

 

1カ月続いたそういう生活からやっと解放されるわけだけど、びっくりするほど何にも感じない。

ああ、そうですか、そうなんですね、って感じ。

喪失感とも違うんだよね、喪失ってことは何かがあって初めて起こるわけだけど、そもそも何もないところにいるから、失うも何もないわけで。

“無”というよりも大きな“虚”の中心の穴の中にいて、透明な、でも分厚いヴェールに覆わた場所から遠い向こうで展開されている世界をおだやかに眺めている気分だ。