書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

自分に制限をかける理由はどこにあるんだろう

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欲しい情報にまったく出合わないので、私はファッション関連の雑誌を買わなければウェブメディアも見ない。

結局は売らんかな、の要素が強いのも、

モデルとしているのがスタイルのいいモデルさんなのも、

まったく私に合わない。

 

ある日、ラジオで、

“似合わなくなったもの”として、ファッションアイテムをあれこれ持ち出していたけれど、

確かに体重の増減や時代性著しいデザイン(肩パット、とかね)はそれを左右するけれど、

ベーシックなものに関しては、思い込みなんじゃないの?

 

「年をとるとボーダーが似合わなくなる」

「ミニスカートが履けなくなる」

 

やいのやいの話していたのは、40代後半の女性パーソナリティーとアシスタントを務めるアナウンサーで、

そんなの、思い込みとただの勝手な言い訳で、着たければ着ればいい。

 

挙げ句の果て、

「年とってもセント・ジェイムスを着るフランス人はすごい!」

野宮真貴がミニスカートを諦めたんなら、私たちなんてもってのほか!」

と言っていて、

まただよ〜、ここでも、おフランス至上主義!

フランスはそんなにおしゃれかよ〜、ウソでしょ〜(大いなる疑問)。
それに、当のフランス人は何歳だからこんな格好、なんて思ってないんじゃない。

野宮真貴はミニスカートを諦めたかもしれないけれど、あなたも私も野宮真貴ではないので、それを理由に諦める、ってのもわからない。

 

 

何を着ようと他人がとやかくいう必要はない。余計なお世話だ。

あえて言うのであれば、おしゃれは気合い、じゃないの?

自分が着たい、と思うものをおずおずせずに堂々と着ればいい。それだけ。

もじもじして着ると、服も靴もかわいそうだし。

 

いちいち、「いくつだからこーあるべし」を前提に話を進めるのに、いい加減うんざり!

そうやって制限をかける必要が一体どこにあるんだろう?