書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

リレーとかチャレンジとか

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ディスるつもりはまったくなくって、こーゆーの、ほんと、私には向いていないなぁ、って思いながら眺めています。

 

好きな本やレシピやアルバムなどを紹介するリレーとかチャレンジとかがソーシャルメディアで出回っています。

そこにあるのは、家で過ごす時間を豊かに、ってことで、意義を唱える気はまったくないのだけれど、

自分のところに来たら身構えてしまって、ほとんど参加していません。

 

 

なぜかな?

こういう友達の輪(というか連携)みたいなのが苦手だし、

するしないは自由なのにすることが正しい姿勢みたいなのも苦手だし、

日本のボランティアとかに見られる滅私奉公を美徳とするような、やけにマジメな、無言の半強制力みたいなノリも苦手だし、

そもそもやるなら自発的に自分のやり方で発信したいし、

みたいなところ、かな。

 

そもそも勝手に上がってくる私の情報を誰が読みたいんだ、ってのもある。

なので、来たい人が来てくれるブログで言う方が性に合っている。

その上で、リレーとかチャレンジとかでリンクすることがあればそれはそれでいいなぁ、とは思うのだけれど。

 

 

そんな中、引き受けたのは、料理本リレーとアルバムカバー。

料理本リレーは、引っ越ししてまだ段ボール箱の中に眠っている本を出そうとしていたタイミングだったのと、やるやらないは個人の自由だから断っていい、という前提で打診してもらったから。

そういうのを尊重されると、逆に、気軽にできる範囲で、という気持ちになる。

ricorice.exblog.jp

 

もうひとつは、自分の音楽嗜好に影響を与えたアルバムカバーのアップ。

毎日1枚、説明などなしでジャケット写真だけを10日間連続投稿するというもので、

私に託してきたのは、四半世紀やりとりのあるイギリスの友人。

そもそもお互いに音楽オタクだったのが知り合ったきっかけで、

初渡英で家に泊まらせてもらったり、一緒にギグやレコードストアに行ったりする仲。

 

彼女がアップするアルバムカバーは、私自身のそれとダブる部分が大きく、

毎日甘酸っぱい気持ちになって、思わずアルバムを聞き直したこと数しれず。

遠く離れた国で。同じ音楽を聴いてきた、しかもメインストリームじゃないもので共感し合う部分が多いから、とても感慨深く、

私はね、これ!という気分で参加。

 

ものすごくラフな心持だったので毎日、なんとなくその日ひらめいたものでアップ。

今ならまた違ったものを選ぶだろうし、あらかじめ10枚がっちりならまったく違うラインナップになったでしょう。

 

 

参加するなら、このくらいのゆるさがいい。

本腰入れて、熱くなってもいいのだけれど、

評価ではなく、自分の好きなものを語るって、どうにも恥ずかしさがつきまとうからねぇ。