書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

母親とか父親とか

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女性としては、みたいな発言を聞くと(そもそも、なんで、個人の意見として言わないんだろう?)、

え〜っ、そうなの〜? 私は違うけど、

と首を傾げてしまうことが少なくなく、先日も打ち合わせで、

「男性の発想ですね。たいがい女性はこういう反応みたいですよ」

と言われ、あらっ、そーなの?と思った矢先、

「お父さんの方がつながりが強いですか?」と聞かれました。

 

父親とも母親とも自分はまったく違う人間だなぁ〜という意識が物心ついた時からずっとあって、

親になんでも話すなんてありえない!ではあったし(今もそうだけれど)、

おそらく親にあまりなつかない、親に全幅の信頼を寄せるタイプの子供ではなかったけれど

(こうやって書くと、相当嫌な、扱いづらい子供ですね。実際そうだったことでしょう)、

それでも言われてみれば、私という人間の本質を理解していたのは圧倒的に父親だっただろうな、とは感じていました。

母とは次元が違う世界に住んでいる、本質的にはわかり合えない、って思うから。

(なので、お互いに入り込まず、淡々としている感じ)

 

 

「父親とのつながりの方が強いか」と私に聞いてきた人曰く、「女親と娘は一体化しやすいんです。逆はまずないでしょう、性別を入れ替えた組み合わせもないでしょう」。

 

あ〜、そう言われればそうね。確かに。

友達親子って、母娘の関係性として語られるもんなぁ。

 

 

ゴシップに詳しいわけではないけれど、魔性の女とされている人たちって、父親のエピソードはするけれど、母親はそうでもないなぁ、とふと思ったりして。

私は間違っても魔性の女の部類ではないけれど(そんなのどこの世界の話、って感じ)、それでも記憶をのぞくと、「お父さんのこと、よく話しますね」と言われることに思いいたります。

そのせいか、彼女たちの発言に、そりゃそうだ、って妙に納得してまうところがある。

 

なんとなく一般的に女性はこう、とされる感覚とのズレは、娘と父親の関係性(同時に母親も)から来るのかもしれないなぁ、と思ってみたりして。