書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

普段見えないことに、別の角度から気づく

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“おかたし”真っ只中の私。

今週手放した、おもなものは以下のとおりです。

 

・洋服 1着

 

今週は書類や資料を片づけました(まだまだ序盤。道は長い。。。。)。

 

資料は雑誌や新聞の切り抜きやらプリントアウトしたものやら、もちろん書籍や雑誌も。

切り抜きやプリントアウトの整理をしていると、思わぬところから思わぬ本や雑誌が出てくるんですよねぇ。

 

 

ところで私は、イギリスの食研究家、そして(おもに)出版物のダイレクション(編集、映画でいうと監督)、ライティングなどを生業としています。

執筆については、商業ライターであり、作家ではありませんから、自分が書きたいものを書くわけではなく、企画を文章で表現する、という役割です。

 

これが、めっぽうむずかしい。

年々むずかしさが増してくる。

 

求められている文字原稿の内容によるのか(より対象に突っ込んで書き込むことを求められるようになった)、自分の向かい方なのか、おそらく両方なんだろうけれど、つくづく文章を綴るというのは、湧きあがってくるものを書く、というより、適切な言葉や表現を探して文字化する、ってのが私の感覚としては近い。

 

以前はスラスラ書いていたけれど、いちいち迷う、考える。

すいすい書いていた、というのは、知らないゆえの気軽さだったのでしょう。

 

 

商業ライターとして書くときにうんうん唸っている昨今ですが

(私が考えるうまい文章というのは、専門用語や凝った表現を散りばめたものではなく、わかりやすい平易な言葉でひっかからずにスーッと読める文章。そして読後感が腑に落ちるもの。

これ見よがしな、「うまいだろう!」が見え隠れする自己満足な文章は好きではない)、

 

そんななか、おかたしで出てきたのは林真理子の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』。

買ったっけ? 持ってたっけ? 当時、ベストセラーになったけど、友人に借りて読んだのが初読(はっきり覚えている)。

 

う〜ん、と記憶をたどろうとして読み始めたらあまりにおもしろくって、一気に読んでしまった。

 

1982年出版なので、背景や表現に時代を感じさせるものはあるけれど、圧倒的にうまい! しみじみ、うまい! つくづく、うまい!

このうまさはなんだろう?って考えたら、エッセイという形を借りて、わかりやすい文章で本質をついているってこと。
つまり“人間を描いている”ってことなんだなぁ。

 

アガサ・クリスティーがメアリー・ウェストマコット名義で書いた『春にして君を離れ』を読んだ時、なぜこんなに長い間、彼女の作品は読み継がれているのか、って考えたら、ミステリーという体裁をとりながら、その実、“人間を描いている”ってことに思いいたり、同じことを感じたわけです

(『春にして君を離れ』はミステリーの体裁ではないけれど、ミステリー以上にミステリー)。

 

優れた作品というのは“人間を描いている”ってことなんだろうなぁ。

それを伝える文章も、内容と一致している、ってことなんだろうなぁ。

 

 

こういうことをしているから、“おかたし”が進まないわけだけれど、普段見えないことに、別の角度から気づく、というメリットもある、ってことで。