書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

自分を綴ることで、気づかなかった自分が見える

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 “場所と時間に縛られないリモートワークやパラレルワーク”をテーマに、実際に実践しているリアルな人々のインサイトを掲載しているウェブサイト、
WORKS by トイロハ – ちょっとミライの働き方情報」で、私自身のリモートワークについて寄稿しました(↓)。

works.toiroha.jp

 

というのも、2011年より東京から福岡に生活の拠点を移し、でも仕事の中心は東京、という状況で仕事をしていて、私自身がリモートワーカーだからです。

 

今年、2019年の年明けに、こちらのウェブサイトに寄稿することが決まったのですが、通常業務とはまったく違ったテーマ、しかもそこそこ文字数があり(約8000字、ペラ40枚、400字詰め原稿用紙にして20枚)、いつもと違った感覚で、脱稿した後もしばらくまとっている感が抜けずにいました。

 

通常執筆をするとき、自分自身を書くことはありません。

たとえば、シェフに技術を習うとか、店舗経営とか、そういうことだったりするのですが、ここでは個人の感想はできるだけ排除し、できるだけ客観的にみようとします。

ただ、そこには立脚点が必要なので、その場合は、自分のこういう視点を通している、ということはわかるように心がけています。語り口調で書くときは、乗り移ったような状態で書くこともあります。

どんな場合も、私自身を出すということではないんですよね。

 

今回寄稿した「WORKS by トイロハ – ちょっとミライの働き方情報」では、自分のことを書く必要があります。

普段、私は裏方ですし、自分はこう思う、こう考える、を言うことはあっても(滅多にはないけれど)、私自身はこんな人間です、を伝えることは、まずないんですよね。

同じ書くでも、普段やっているのはまったく別のことで、だからこそ、そのむずかしさを痛感したのです。

 

そのむずかしさ、とは、

“自分のことはよくわからない”

なんですね。

 

客観的に見ようとしても、そうでないものがつきまとって、なかなかできない。

それと、普段、未来も過去もさほど意識していないものの、現在を書くには、未来と過去を綴る必要があります。

なので、実際に筆を進める前に、自分に対峙する、自分に対して自分がインタビューする時間が必要だったのです。

 

普段の生活の中で、少しだけ、一部分だけ、の自分と向き合うことはあっても、全面的に、ってことはないんですよね〜。

なので、自分自身の気持ちの棚卸しをする機会をいただいた気分です。

貴重なチャンスをありがとうございました。