書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

「内助の功」って言葉をいつまで使うのか

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ノーベル賞の季節が今年も来ましたね。

こういう国際的な賞の話題に近づかないようにしています。

日本人もしくは日本にルーツ/ゆかりのある人の持ち上げ方が、しかもその無条件ぶりが尋常でないので、

心底うんざりしてしまいます。

 

そこにあるのは、ノーベル賞とったこの人すごい、この人の業績だけでなく、

同じ日本人である私すごい、がすけて見えるのは私だけでしょうか。

しかも、このすごい!って誰に向けて言ってんの?って思っちゃう。

 

そしてこういう場で必ず妻が登場し、「内助の功」を強調される気持ち悪さ。

いつまでこういうことして喜んでいるの?って思っちゃう。

プロ野球の選手の妻もそうですよね。

 

研究者の配偶者であれば、同じく研究者やその関係者、

アスリートの配偶者であれば、スポーツ関連の仕事に従事している可能性は高そうだな、って思うんだけれど、

常に「夫を支える妻」を当てはめるのはなぜだろう?

それを当たり前のように求めるって。

 

これにも心底うんざり!
国際的な賞の話題に近づかないようにしている理由のひとつです。

 

 

単身赴任の男性に対して、家に戻ったら「奥様の手料理が」を押し付けるのと同じ構図。

普段、いくらわかったような顔をしていてもこういうところに出るのよね〜、本音が。