書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

危うきに近寄らず。私の判断基準

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フリーランスがみんなそう、だとは言わないけれど、

お金とつき合いだけが仕事を受ける基準じゃない。

金額は安いけれども企画がおもしろい、ぜひ挑戦したい、金額以上の価値がある、と判断すれば、

手弁当で受けることもある。

つき合いに関しては、特にメディアの仕事の場合、誰かの紹介で、ってことが多いんですよね。

となると、紹介してくれた方の手前、まずは話は聞く、ってことが発生します。

 

仕事を打診されるときに、すでに関係性ができ上がって、業務として以前と類似していれば、前に倣え、と認識するのだけれど、

最初に条件、もっと絞り込んで言うと、金額を提示してこない、ことが実に多い。

こういう内容の仕事をだいたいこういうスケジュールで、ということは言うのに。

 

 

これが怪しい、実に怪しい。

まだ予算が暫定であっても、概算で伝えない、ってことは、ビジネス感覚が欠落している、と感じます。

また、内容を言う時に、アドバイスも欲しい、こういう文言のライティングもお願いするかも、と付け加えるときも怪しい。

私が打診されるのはライティング&編集なので、それに多少付随することは許容範囲なのだけれど、

なし崩し的に、明らかにそれ以上のことを要求してくることもある。

ええと、付随する内容のボリュームがえらく多いんですけど、最初の話と違うんですけど。

なあ〜んてことも、少なくない。

 

 

契約書を取り交わす、とまではいわないけれど、

あらかじめ線引きを明確にしない、ってことは、おおむね“なあなあ”でことを進めようとするんだなぁ。

 

私は何も杓子定規で役割分担を、と言っているのではなく、

それぞれの持ち場を明確にし、その上で協力し合えるところは協力し合う、というスタンス。

自分の範疇が分かっていれば、それにプラスしてやったことはあくまで自分の気持ちとしてだし。

 

 

なので、危険な香りを嗅ぎつけたら、そしてその嗅覚が外れることはほとんどなく、

その仕事はストレスフルなんですよね。

“関わらない”のが最善の策、というわけです。