書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

身近な人ほど、ちゃんときちんと褒めるっていいなぁ

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現在、進めている9月発売の食書籍の仕事で、

著者・監修の方とのやりとりを連日のように行っています。

っと、厳密には取材&撮影時、そして内容確認時には窓口の方がいらっしゃるので、

最重要事項以外は、窓口の方々とやりとりをしています。

 

この窓口の方々がテキパキと的確で、非常に仕事がやりやすい!

私に権力と財力があれば、ヘッドハンティングしたいぐらい!

 

そのことを、著者・監修の方と話した際に伝えると、

「そうでしょう! すごいんですよ!」と。

「経験おありの方たちですか?」と聞くと

「いやいや。書籍制作のような仕事はうちの通常業務にはないですから。ねっ、本当に優秀でしょう! 通常業務も本当に安心して任せ切ています」

と身を乗り出して、ニコニコしてうれしそうにおっしゃって、ますますいいなぁ、と感じた次第。

こういう方だから、社員の方々も気持ちよく感じよく対応してくださっているんだよねぇ。

 

 

身近な人ほど褒めるっていいよね。

なんかこっちもうれしくなっちゃう。

褒めたことに対して、否定とか謙遜とか卑下とかされるのもするのも好きじゃない。

 

先の会話は、それを聞いている周囲のスタッフの方々もうれしいと思う。

「いやいや、そんなことないです」って返したら、

いくら心の中で「そうでしょ! 優秀でしょ!」と思っていても、それを表現しなかったら、

「ふ〜ん、その程度の認識なのね」になるからなぁ。

 

思ったり感じたりしていることは、口に出しても真意が伝わらないことが多いのに、口に出さなかったり逆のことを言って、どうして伝わるんだろう?

 

 

SNSで、身近な周囲の人、パートナーだったり、子供だったり親だったり親戚だったり、友だちだったり、同僚だったり、部下だったり上司だったり(部下とか上司って区分けは好きじゃないけど)、やりとりのある人だったりを

くさしたりぶーたれたりいちゃもんつけたりする人っているけれど、

見ていて全然気持ちのいいものじゃない。

何もいい人で、ってことじゃなくって、時に怒ったり怪訝に感じたりすることはあって当然だけれど

(気のおけない人と喋ったりするとかして、残らない形で憂さ晴らしをすればいい)、

それをSNSで知らない人に対しても公言する必要はまったくない、よねぇ。