書くこと、編むこと、伝えること

編集者、ダイレクター、ライター、情報発信サポーター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

のけぞりそうになるのは、当事者でも左側の人たちが多いから

 

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私の仕事でいちばんキャリアがあり、現状いちばんマネタイズできているのは、

(書籍などおもに紙媒体の)編集、です。

 

編集、といっても???な方が大半なので、映画でいうと監督。

コンセプトを作り方向性を決め、共有し、具現化していくのが仕事です。

 

 

ときどき、編集者を名乗る人が編集の仕事はまとめること、片手間にできる、デザイナーに任せる、

みたいな発言をするのに遭遇し、

いやいや、まずはコンセプトでしょ、まとめることよりも、新しい価値観(人々が欲しいと思っていてまだ気づいていないもの)を提供することでしょ、

と思っている私はそのたびにのけぞりそうになるのですが、

まあ、当事者でもそういう認識の人がいることが

出版不況を招いているのは当然だよなぁ、とも思うのです。

(自分がわくわくすることを提供できないで、単に束ねただけで、どうして他人を熱狂させる、つまりお金を払って買う行動をとらせることができるんだろう?)

 

togetter.com

これでいうと、右がまさに編集/監督の仕事(ひとりでやるかグループでやるかの違いはあるけれど)。

具現化するまでの熟成期間がよっぽど大事で、時間もお金もかかる。

なので、実際に作業として着手の段階になったら、もう先は見えているので、

目先のことをひとつひとつこなしていく、って感じ。

 

でも、今の時代、そんなことしなくても一応形にはなるので、

こんなもんでしょ、って左側の姿勢の人もけっこういるんだよなぁ。多いんだよなぁ。

たま〜に、右側の産みの苦しみ(苦しみとも違うけれど)をいともたやすく凌駕する天才もいるし、

それで当たることもあるけれど、

本を作ったり、って仕事は、それぞれがそれぞれの持ち場(監督/指揮(編集)だったり、撮影だったり、デザインだったり、執筆だったり、イラストだったり、監修だったり)がありながら、すり合わせながら協力してものを作っていくので、制作への態度が違う人とはそもそもの認識が違うので、コミュニケーションがとれない、んですよねぇ。

 

こんなもんでしょ、とか、日和る、とか、ラクな方へ流れようと思ったらいくらでも流れることはできるけれど、それは私のスタイルじゃないし、そういう人たちと仕事をするともやもやが最後までつきまとい、不完全燃焼に終わっちゃう、んですよねぇ。