書くこと、編むこと、伝えること

編集者、ダイレクター、ライター、情報発信サポーター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

過剰な盛りは、もはや要らない

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些細なつながりを、あたかも関連が深いように大きく扱う。

カズオ・イシグロを日本人として、もてはやしたのがいい例。

 

余計な演出を施してスポーツ中継をどっちらけにする。

関係のないお涙頂戴物語を差し込むのがいい例。

 

 

先日、取材を受けた案件の内容確認をする段になりまして、

その内容をみてびっくり!

 

誤解を招くので、本来は関連がないものを、あたかも関連づけるような形で取り上げるのはやめて欲しい! なので、最初からこの事項については掲載しないで欲しい!

と念押しをしたにも関わらず、だったのです。

(修正してもらい、結果、ブラッシュアップがかかった恰好になったのだけれど)

 

 

もうさ、今や読者の方がよっぽど優秀なんだよ〜。

またかよ〜!ってうんざりするのは目に見えている。

情報がない時代に情報をあおるためのきっかけの作り方って昭和の時代の話だよ〜。

 

今、情報が発信する側ができることは、いいこと悪いこと含めて、フラットに情報を伝えることであって、

そこに過剰な演出をする必要はまったくない。

むしろ、内容を充実させる方に目を向けた方がいい。

もちろん、ヘッドラインの付け方は大事だけど、盛り過ぎて事実とあまりにかけ離れたことを呼び込みのために掲げるのはどーかと思う。

 

いまだに、こんな時代錯誤も甚だしい考え方のところがあるんだよね〜、そしてその数は決して少なくない。むしろ、多い、か。

自分たちのそんな行動がマスメディア不信、そして不振につながっているって思わないのかしらん。