書くこと、編むこと、伝えること

編集者、ダイレクター、ライター、情報発信サポーター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

これって結局のところ“せっかくのはれの日”商売じゃない?

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もやもやもや。

 

今年、2018年早々発生した成人の日の「はれのひ」問題。

headlines.yahoo.co.jp

 

最初にこのニュースを知ったときに、驚いたのは、

いまだに晴れ着を着る人がいるんだ〜!ってこと。

いまだに成人の日の式典に出席する人がいるんだ〜!ってこと。

 

確かに、被害に遭った人はかわいそうだなぁ、とは思うのだけれど、

たかだか数時間のために大枚をはたく、とか、そもそも成人の日の式典に参加するってことが続いていることが、私には大きな驚き!

 

そんなの個人の自由だから、晴れ着だろうが、ジーンズだろうが、スーツだろうが、何着てもでもいいし、

なんだけど、そもそもこんな式典に何の意味があるの?

税金のムダ使いに思えて仕方がない。

 

おまけに今、1/2成人式とか、ダブル成人式とかあるみたいだけど、

これってイベントやりたいだけじゃん!

休みをやたらめったら作るのと同じ構造に思えて仕方ないんだけど。

 

つまり、こういうイベントと業者が結託して、お金を使わせようとする図式。

“せっかくのはれの日”“せっかくの休日”を釣り文句に、高い着物を買わせたり、外出をうながしたり。

 

 

まあ、私は成人の日の式典にも、大学の謝恩会にも参加しなかったし

(単純にこんな一瞬のために大金を使うなんて、バカみたい! だったら海外旅行にでも出かけたり語学の学校に行ったりする方がよっぽどマシと思ったから)、

披露宴にもよっぽど個人的に深いつきあいのある場合以外は出席しないし。

 

 

今回の件ももとをたとれば、

“せっかくのハレの日”で、高い晴れ着を売りつける(貸す?)着物業界においしい汁を吸われ続け、ついには次の詐欺というステージになった現れに見えて仕方がない。

“みんなが着ているから”ってのが理由なら、“みんな”と同じである必要なんてまったくないし、もっと言えば“みんな”がやるから自分も、ってのは完全なる思考停止なわけで、

“みんな”は“みんながやるから自分も”につけ込んだ謳い(脅し?)文句であって、それでもって操作されて、結果作られたものだからね〜。