書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

今や自分の発言が世界に発信されるって思わなんだろーか?

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記憶に新しい、

熊本市議が生後7カ月の赤ちゃんを連れいて議場に入場した件(↓)、

mainichi.jp

 

自民党総務会長による、宮中晩餐会の同性パートナー出席反対発言(↓)、

www.asahi.com

 

私自身は、いろんな考え方の人がいるので、その理由(感情論や既成概念に基づくものではなく)を明確にすれば、それはそれでひとつの意見だとは思っていますが、

どうやら上記(だけじゃないけど)には、深い考えなくただただ感じたままの言動って印象が拭えない。

 

現在、世界では、

赤ちゃん連れ議員が称賛を持って迎えられ、授乳もあり、

LGBT事実婚、当たり前、

といった風潮なので、

なぜNOなのか、明確な理由が示されていないものは、

瞬く間にニュースとなり、世界に流れる。

 

 

私が不思議なのは、

こういったことは恰好の材料となり、世界に広がる、って思わなかったのだろうか、ってこと。

同じことを言うにしろ、なぜ言い回しややり方を変えようとしなかったのだろうか、ってこと。

 

よもや世界に、って思ってるのかなぁ。

また、世界の流れを知らないのかなぁ。

どうしてこういう逆行するようなこと、平気で言える/できるんだろう?(あえて、強い反対意見があり、しっかりとした論理立てができるのであれば、わかる。でもそうじゃない)。

そしてそれをすることで自分がより不利になることは、火を見るより明らかなのに。

 

自民党総務会長はその後、「言わなきゃよかった」と発言していて、

ということは、発言自体は何かおかしいこと言ったっけ?ぐらいの認識なんだろーか?

 

 

こういうニュースを逆輸入で見るたびに暗澹たる気持ちにさせられます。