書くこと、編むこと、伝えること

編集者、ダイレクター、ライター、情報発信サポーター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

イクメンだの家族サービスだのに対する違和感

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私は子供は必ずしも(血のつながった)親が育てるべし!

とは思っていなくって、

ノーブルな家では教育係がいるだろうし、

大きな商売をする家であれば面倒を見る人がいるだろうし、

親もしくは責任者であっても、すべてを引き受けなくてもいいと思っています。

 

ずっと子供といると息がつまるってこともあるだろうし、

息抜きも必要だろうし。

 

 

ただ、いわゆる一般家庭では、

協力を得るとしても、大半を親(もしくは責任者)が子供の面倒を見ており、

この場合は、一緒に住んでいない場合含め、性差関係なくすべての親が養育者だと思っています。

 

なので、父親が子供の面倒を見るのは、ごく当たり前のことにも関わらず、

イクメン

・家族サービス

なんて言葉が、さもありがたみをもって使われていることに非常に違和感を覚えます。

 

イク女(イクジョ)とか、母親発言の家庭サービス、

逆の使われ方はしないでしょ。

いや、あるとは思うのだけれど、当然とされているあまり表に出てこない。

 

 

そこには、本当はやらなくてもいいのに、本当は父親の役割じゃないのに、

わざわざやってやってんだぞ、が見え隠れする。

ものすごおおい上から。

そこには、誰が稼いで食わしてやってんだ!も透けて見える。

 

加えて、こういう耳当たりのいい言葉を、

なんとかしてくれ!って思っている方も平気で使う、というね。

 

こういう言葉が存在していることがおかしなことであって、

父親が子供の面倒を見るのは、プラスアルファの価値、

ってどこかで思っているのよね。

当たり前のことであったら、こんな言葉、存在しない。

 

 

父親が子供の面倒を見る、のはもはや当たり前のこと。

にもかかわらず、それをわざわざありがたがる言葉が流布しているってどーなんだろう?

問題の根源をあぶり出しているにもかかわらず、こういう言葉をわざわざ命名し、嬉々として使う風潮、なんとかならんかね。