書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

ブログの最大のメリットは、会う前にその人がわかること

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私の場合、ダイレクションという立場で仕事をすることもあります。

企画に応じて、スタッフをお願いする。

というと、なんだかぼんやりしてわかりづらいかもしれませんが、

映画で配役を決める、とかそんな感じ。

バシッと決まったときは、予想以上に出来がよくなりますから。

 

私の場合、書籍だったり雑誌だったり小冊子だったり、と紙がほとんど

(ウェブだとアドバイザー(オブザーヴァー?)やライターとして入ることはあっても、ダイレクションは、ないなぁ)。

ライターだったりカメラマンだったりデザイナーだったりを決めるわけです。

 

すでに知っていて、間違いない!で選ぶこともあれば、

その方にとってメインではないけれど、実はこれ向いてるんじゃない?でお願いすることもあります。

以前、一見ふわっとした雰囲気のある写真を撮りそうな方に、拝見したご本人のポートフォリオもそんなものがメインでしたが、ちょっとだけガッチリと骨格のある写真が混じっていて、

あっ、これいけるんじゃない!
と思ってお願いしたことも。

そういう変化球の起用がうまくいくのは、新しい引き出しを探し当てたようで、愉しさでもあります。

 

 

先日、誌面でクレジットは拝見していて、またそれとなく面識はあったものの、

初めましての方と仕事をしました。

もちろんおおよその傾向は把握していたものの、

お願いした決め手はブログ。

そう頻繁ではないけれど、こちらに日常を投稿してらしたんですね。

もちろん日常といっても間接的には仕事につながるわけですが、

それでも、いかにも仕事!作品!ではない分、逆にその人となりがかわる。

 

 

その方はフェイスブックやインスタグラム、ツイッターなどはやっておられず。

ウェブサイトを持ちたい、と思っているものの、まずはブログで、とのこと。

ファイスブックなどのSNS、悪くないんですよ。でも、もっとプライベートのつぶやきに近く、かつコミュニケーションの場で、ここでバリバリ職業を意識して見るってこと、ほとんどないなぁ、私の場合。

いや、結果としてはあるのだけれど、そこそもそれが目的じゃない、っていうか。あまりに前面に出てると引いちゃうし。

 

そしてSNSの最大の難点は情報が流れること。

アーカイブになっていない、さくっと以前の投稿が見られない(見づらい)

 

 

ブログだと、そのあたり見やすい、分かりやすい。

否が応でもその人の世界がしっかり構築されているわけで。

 

ウェブサイトも悪くないけれど、そこで掲載するものってやっぱり選ばれたものなので、

よそゆきなんですよね。

ブログの方は素に近い。

継続するためには、恰好つけられない、ってのがあるし。

だからこそ、その人がどういう人かがわかる。

一緒に何かをする前に、その手がかりがあるって、とても助かる!なのです。

 

 

確かに、メディアで仕事をしている人のなかに、

ブログをやってらっしゃる方もいるにはいらっしゃいます。

いなくはいない、なくはない。

 

この心理、ものすごおおおおく理解できるのですが、

つい、きちんとしたものを出そうとして、それがゆえに更新の頻度が低くなり、

そうやって出されたものは、隙のない作品、なんですよね。

だから、意外とブログをやっている人は少ない。

仕事以外で仕事をしたくない、という心理的ハードルがあるから。

 

それはそれでいいのだけれど、

もっと気軽なものであってもいいのになぁ、と感じます。

その日常を切り取ったなかにこそ、その人が出るから。

 

ごく一部のトッププロは多少性格に難アリだろうと(実際は、むしろやさしい、気遣いをしてください)、

どうしてもこの人に!と仕事をお願いするわけですが、

そうでない場合って、相性とかタイミングとかが大事になったりします(もちろん、いつも確実に及第点のとれる仕事をすることが前提です)。

そんなときに、この人に会ってみたいな、仕事してみたいな、って感じるのにもっとも適したツールはブログなんじゃないか、って思うのです、今のところは、ね。