書くこと、編むこと、伝えること

編集者、ダイレクター、ライター、情報発信サポーター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けするメディアや仕事のあれこれ

結局、熱量のあるものが訴えかけてくる

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出版不況と言われて久しい(この一因は自分たちある、と私は思っていますが)。

現在、私は

・イギリスの食研究家
個人事業主や中小企業の発信サポート

・出版物や販促物、ウェブメディアにおける編集や執筆

といった仕事を生業をしていて、キャリアだけみると一番長いのは最後の、

・出版物や販促物、ウェブメディアにおける編集や執筆

 

そんななかで本の編集(制作指揮、映画でいうと監督)をすることもあり、

出版社の方と打ち合わせの際に、

「雑誌連載があって、それをまとめて書籍にするのがいいよね」

って話になることがあります。

 

これ、何がいいかっていうと、

・経費を抑えることができる
ってことです。

 

イチから(というよりもゼロから、か)書籍を作るのは、

撮影も執筆もデザインもすべてなにもない状態からやるので、

お金もかかれば手間もかかる。

ただし、このやり方で圧倒的にいい点があって、それは
・熱のこもった本になる
ってことです。

ひとつの目標に向かって、ある一定期間、スタッフが一丸となって、

がーっと集中して力を注ぐので、
それってやっぱり形になったときにエネルギーを発するんですよね。

 

一方で連載をまとめる場合。

単にまとめる、となると、ソツのない本にはなるけれど、

パワーは感じない。

 

 

わかりづらいですか?

音楽業界も変わってきているので、こういう例はふさわしくないかもですが、
例えとしてわかりやすいので、述べますね。

 

・ゼロからスタートの書籍 → コンセプト・アルバム
・雑誌連載をまとめた書籍 → シングル・コレクション

 

どっちに熱量を感じるか、というと、圧倒的に前者です。

後者は、まとまって便利だわ、っていう認識かと。

 

音楽でいうシングル・コレクションに該当する書籍に向いているのは、
中に入っている要素がそれぞれ並列であるもの、

そしてまとめるときも強弱をつけず並列にしたいもの。

たとえば、“月ごとの和菓子” “各都道府県麺紀行”とかね。

 

ただし、雑誌連載をベースにしながら、並列でないもの作るときは、

写真は雑誌連載から使うとしても、

大幅に変えた方がいい、ってのが私の持論。

となると、編集および執筆はいくら素材があるとはいえ、最初からになる。

その分は経費はかかるんだけれど、

ぐっと新しい息吹が加わり、雑誌連載と違ったおもしろさがある。

音楽でいうと、リミックスになるかな。

 

なので、“どういうものを作りたいか”によって、

雑誌連載を書籍にどう料理するかは変わってきます。

単に経費の面から、“とりあえずまとめちゃいました”だと、

そこには気概も思いもないわけで、

「作り手がそんなスタンスで、どうして読者を熱狂させられるかなぁ」

と思うわけです。

 

パワーを注いだものってのは、一見書籍という無機質なものにも

ちゃんと宿るわけでして。