書くこと、編むこと、伝えること

食のダイレクター、編集者、ライター、イギリスの食研究家“羽根則子”がお届けする仕事や日常のあれこれ

マクドナルドも進化する

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マクドナルドに行きました。

何年ぶり? 食べたのは1年ぶり? 店内で食べたのは3年ぶり?

 

久しぶりのマクドナルドはメニューが変わったような。。。

ちょっとゴージャス路線になったのか?

 

 

もちろん店によって違うんだろうけど、

電源があるのがありがたい!

知らないエリアで空き時間ができるときって、それがあらかじめわかっていたらラップトップ持参で動くことが多く、そうなると

・電源 ・カフェ

で検索しちゃうもんなぁ。その次がコーヒーの味(というか好み)。

 

 

そして、あっ、これいい!と思ったのが、カウンターの足元に段差があり、

これ、荷物がおけるようになっているんですね(その高さから明らかにフットレストではない)。

 

ありがたい!

 

私は地べたにバッグを置くのが嫌で、

かといって隣りの席を使うのは混み合っていたらできないし。

 

私は荷物が重いことが多いので、フックよりもおけるタイプの方がありがたい。

 

 

小さいことだけれど、こういうことが、特に時間を埋める目的だと、店選びの基準になるのよね〜。

年末年始はブログアクセスが激減

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へばりついてブログのアクセス解析をチェックしているわけではないのだけれど、

それでもブログをやっている以上はアクセス状況、ってのは気になるわけで。

 

私はこのブログ以外に、もいっこ、ライフワークであり専門である“イギリスの食”についてのブログをやっていまして(↓)、

ricorice.exblog.jp

このブログが毎年ながら、年末年始に一気にアクセスが落ちる。半分近く落ちる。

今回も同様で、その時期は12月28日〜1月2日。

 

ブログへのアクセスそのものが全体的に落ちる、といったわけでもなさそうで、

というのも、ブログランキングの順位も落ちるから。

 

 

この現象、おもしろいな。なんだろう?

職場もしくは仕事で閲覧してる、ってこと?

(日によって違うけれど、夜のアクセスが多かったりもするから、必ずしも職場で、ではないでしょう)

単に年末年始に関連した記事を投稿していないからってこと?

 

おもしろいなぁ。

次の年末年始は季節ネタを投稿して、実験してみようかしらん。

 

情報が人を介する(人が情報を介するんじゃなくって、ね)

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1990年代前半、インターネットというものを知って、

www、world wide webかぁ、すごい、すごい、すごい!

これまでは人が情報を介していたのが、情報が人を介するようになるんだなぁ、すごい!

マスもミクロも、大企業も個人も同じ土壌に立てるんだ、すごい!

と興奮しまくり、95年にモデム付き自分のマシンを購入。念願が叶ったわけです。

 

この年末年始、年賀状のみで、20年近くやりとりのなかった中学校の同級生から連絡があり、

そのきっかけは年賀状を書きながら、どーしてるかな、と思ったら、私のブログに辿り着き、

連絡をもらい、話がトントントンと進み、会った次第。

彼女を介して、中学校のときの別の同級生ともやりとりが発生し、その人とは

中学校卒業以来特にやりとりがなかったので、実に30年以上経ってのメールで再会!

 

ときどきこういうことあるけれど、

いやぁ、情報が人を介する、を実感!

そのたびにインターネットというものを知ったときの興奮が蘇るのです。

 

 

おまけに、拙著も購入してくれて、プレゼントも贈ってくれて、感謝、感謝!だわ。

仕事にしろ、プライヴェートにしろ、今では距離があるから、ちょっと遠くでお互いに確認し合う、ってのは素直な気持ちで応援できるのかもしれない。

メルカリに出品しようと思ったけれど

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先日、靴や服を捨てました。

もう着ないだろうなぁ〜ってものや、サイズを間違えて買ってしまったもの。

未着用や2〜3回しか身につけなかったので、捨てるにはしのびなく、そのうちメルカリに出すか〜、と思っていたのですが。。。

 

急ぎのことではないから、気がついたら随分と日が経ってしまって。

 

いい加減、メルカリに出品だ〜!

と思ったのですが、はっと、出品する手間、包装する手間、送る手間を考えると、果てしなく長い道のりに思えて、がっくし。

時間も手間もかかるよぉ!(当たり前だ)

 

今すぐ処分したいものは今すぐ処分するに限る!

なので、気持ちがぐらつかないうちにゴミ袋に入れ、ゴミとして処分。

 

あ〜、すっきり!

 

ああいうのマメにできる人、すごいなぁ。

私は思い立ったらすぐ目に見えて形にしたいし、同じ時間ならほかのことに割きたいので、向いてないんだわ。。。

思い切って捨てる、のが私には合ってるみたい。

 

 

その一方で、要請がありイギリスで買い付けたものの、結果、出番がなかったアイテムがあふれていて、

これは、はじめから誰かに手にとってもらうことを想定して吟味して買って(自分のものよりも選ぶのにあれこれ悩む)、思い入れもあるし、捨てるつもりはさらさらないので、

大事に保管しておくか、何らかの形で売るか、だったらどうのやり方にするか、

要検討案件です。

 

 

なんせネット老人会の一員ですから

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ネット老人、って言うらしいですね。

インターネット黎明期からネットにふれていて、生きた歴史証人のことを(笑)。

 

20ほどあったチェック項目を忘れちゃったんだけど、ほとんど当てはまり、さもありなん(笑)。

私はアップルがモデム一体型のデスクトップを初めて売り出した時に待ってました!ととびついたわけで、最初のプロバイダがbekkoameで、ネットスケープ大好き!だったからねぇ(日本語ワープロソフトはEGWORDがダントツでよかった。開発を進めているってきいたけど、どーなったかな?)

 

 

そんなわけで私は、半分揶揄されるネット老人会の立派な会員ですが、

でもね、1995年からネットにふれている身としてはおおいにメリットもあるわけです。

 

大きく2つ

 

・ネットなどデジタルものに抵抗がない

・英語など外国語にも抵抗がない

 

実際に使えるかどうかも大事だけれど、その前段階で心理的ハードルが低い、ってことは大きいんだなぁ、と思うのです。

 

 

その端的な例が、

ヨーロッパのバジェット・エアライン(なんで日本ではLCCっていうの? 聞いたことない)、つまりライアンエアーイージージェットといった格安航空会社を利用する、なんてとき。

格安、ですから、オンラインで要件を済ますのは必至。

 

予約もチェックインもオンライン。ウェブ予約をしたら、ボーディングパスをプリントアウトして、あとは空港でヴィザのチェック(不要なところも)、荷物を預けておしまい(預けるに荷物がなければ、もっとラク)。

自分のスケジュールとうまく合えば、ヨーロッパ都市間往復(たとえばロンドン〜バルセロナ間、とか、ニース〜ウィーン間とか)で3000円程度、ってことも可能。

 

私が利用するのは、最安値、とまではいかないけれど、往復5000円程度が基準。

なんて言うと、あまりの廉価に驚かれるのですが、同時にうなだれる方も多いんですよね。

 

なぜって?

そこには大きく、上記で記した2つの事項、
・ネットを使う
・英語で使う
という大きい(とされる)ハードルがあるから。

 

これ、単に慣れ、の問題だと思うのですが、でも心理的ハードルはどうにも大きいみたい。

不安だったら、とりあえずできるところまでやって、確定ボタンを押すのは保留にして、時間をおいてやれば?

言葉がわからなければもいっこ画面を立ち上げるとか、別のガジェット(そのとき自分がパソコンの画面を開いていたら、スマホとかタブレットを)を使って、ぐぐりながらやれば?

って言うのだけれど、すでに気持ちがフリーズを起こしているから、そこまで頭が回らないみたい。

 

う〜む、だったら、その手間料払って旅行代理店にお願いする、正規料金や通常の航空会社でチケットをとる、がいいんじゃない、と言うと、

ええええ〜っ!と顔をされるけれど、自分でできないんでしょ?

そしたら、そこには対価が発生するから当然よね。

(私が代行したとしても、もちろん対価は請求するよ。)

 

 

繰り返し。

こういうの慣れ、なんですよ。

英語にしろ、使われる言葉や表現なんてごくごく限られたものだから、はいはいはい、って進めていけばいいし、わからなくなったり不安になったりしたら、最終的に確定ボタンを押さなければいいだけのこと、なんだけれど。

確かに普段ネットでブラウジングぐらいしかしていない(オンラインショッピングやオンラインバンキングを使っていない)、さらに外国語、となるとパニックに陥る、ってのもわからではない。

日本に紙信仰が強い社会だしなぁ(クレジットカードより現金が重宝される、なんてのは最たる例)。

 

周囲を見渡すと、おそらく同世代(50歳手前)のなかでは、ネット万歳!な思考であり嗜好を持つ私はマイノリティーな気がします。

でもね、ちゃんとメリットは充分なほどあるわけで。

 

それは選択肢が広がるってこと。

なんでもなんでも選択肢が多いことがいいとは思ってはいないのだけれど(人間は選択肢が多過ぎるとかえって選べない)、

基本的には選択肢があるのは喜ぶべきこと、と考えているからです。

 

先の海外航空券の例。

時間があれば、自分で格安航空券をチェックして、自分でとる。

でも、時間がない、その案件の前後にスケジュールが詰まっていれば、最初から代理店を利用したりフラッグ・キャリアといった大きな航空会社で予約したりする(遅延などの際の振り替えなど、なにかあったときの保証を加味)。

といった具合に、現在、私は使い分けているからです。

 

時間があっても自分でできない、となると、

海外の格安航空券という選択肢はなくなるので、

私にとっては、ネット老人であるメリットは、この

・選択肢がある
ってことに尽きるなぁ、と感じるのです。

 

今さらながら、今年はツイッターで遊ぼう、っと!

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朝起きてすぐパソコンの電源を入れ、寝る直前に切る生活っていつからだろう?って記憶をたぐってみたら、フリーランスになった2001年からでした。

外に出ているとき以外は、ずっとパソコンを立ち上げ、その前にいるわけで。

 

っと、仕事だけでなく、ラジオを聴くのも音楽を聴くのも映像を観るのも、全部パソコンじゃん!

開店休業状態だけど、ツイッターも、インスタグラムもそーだわ(ツイッターは閲覧専門だけど)。

 

 

なんでこんなことを眺めたか、っていうと、

お正月、テレビを観ながら同時にツイッターも眺めていて、その姿をびっくりされたからです。

別段今に始まったことじゃないけれど、指摘され、初めてはっと気づかされた。

 

たとえば箱根駅伝、なんかは、この両輪で楽しかった、いや、この両輪だからこそ楽しめたのかも。

昔はテレビをだらだら観ているだけだったからなぁ。

関心が薄かったってのもあるけど、テレビがついている、ってだけで、別に熱心に観ているわけじゃなかった。

でも、ツイッターと両輪だと、能動的な見方をしちゃうんだよね〜。

自分からおもしろさを探し出す、というか、ね。

 

 

時間をとられるから相互やりとりとかはなるべくしない方向で、FBもそういう使い方をしていて、ツイッターはその最たるもんだなぁ、って認識で、敬遠していたけれど、

リアルタイムで多方面そして多角度からの声を拾うって、やっぱツイッターなんだよなぁ。

自らツイートすることはほとんどないと思うけれど、ツイッターをもっと日常生活に取り入れてもいいかもしれない。今さらだけど。

 

なわけで、今年はツイッターでもっと積極的に遊んでみようと思いまふ。

 

自分のための優先順位をつけると、ストレスレスになる

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昨年末、冷凍庫を整理したら、あまりにすっきりして、意識が変わった感じ。

スペースに余裕があるのは気持ちがよくって、

ぱっと見でどこになにがあるかわかるってのはストレスが少ないんだなぁ。

 

たとえばミートソースとか、一度に多めに作って余った分は冷凍、なんてさせていたけれど、

作ったあとは、なるべく食べ切るようにしよう。どうしても冷凍、ってものだけ冷凍させるようにしよう。

ひとつには繰り返し同じものを食べるのが嫌い、ってのがあって、冷凍庫に突っ込むってことをしていたけれど、

今はこのすかすかの冷凍庫が気持ちいいので、こっちを優先しよう。

思い切ってミートソースを作るのを辞めて食べたいときは、外食か中食で、って選択も採用しよう。

 

そうそう、家で揚げ物をしなくなったのも、調理後の油の処理や五徳の掃除、天ぷらの場合は、少量なので揚げ物の割に衣を多く作るから余ってもったいないから、でした。

家で作る揚げたてのやわらかい天ぷらやフライのおいしさ、ってのはお店にはないものだけれど、

それに伴う油の処理とかが、とにかく困ったもんだ!でねぇ。

なので、揚げ物が食べたくなったら、外で食べるか買ってくるか、です。

 

自分の好みの味つけにできるので(私は塩辛い、醤油が強いのが苦手なので)、料理は苦ではないけれど、それに伴うあれこれがストレスとして上回るなら、

多少自分の好みの味ではなくても、ストレスが少ない方を優先したい、ってこと。

 

 

これって仕事でも、何にでもいえるかもしれない。

ときどき、引っ張り出して、俯瞰で眺めて、優先順位をつけていくと、自分にとって(一般論でなく、他人基準でなく)心地いい生活が送れるんだよね。

そして、その優先順位は時とともに変わるから、ときどきこうやって眺める作業をするのは必要、だなぁ。